【火曜はRCの30曲】#5 甲州街道はもう秋なのさ
東芝での最後のシングル”三番目に大事なもの”のリリースが72年12月。同日にセカンド「楽しい夕に」が出ましたが、新曲を作っても発表する場がないという状況。仕事も減りつつあったのですが、所属していたホリプロから同じ部門だった井上陽水がスタッフを連れて独立したことで、同じマネージャーだったRCは、「人身御供」としてホリプロに残され飼い殺しにされたことが原因。陽水は73年に「氷の世界」を大ベストセラーにしますが、ここにキヨシローとの共作2曲があったことからこの印税で食いつないだという逸話もあります。新作は74年からホリプロに内緒で断続的にレコーディングは行われ「シングルマン」は完成するものの76年にホリプロとの契約が切れるまでリリースできず、新事務所りぼん(社長は陽水と共にホリプロから独立した奥田義行で、この人とは後々また揉めるのですが、”ボスしけてるぜ”のモデルになった人です)と契約してやっとポリドール(配給はキティ)から出たのです。が売れなかった。76年の日本のロックのトレンドとも少しずれていたし、フォークともロックともいえない音楽をどう受け止めたらいいのか新規のファンはとまどってたんでしょう。prodは旧知の星勝(元モップス)で、当時のRCは破廉ケンチ、リンコにキヨシローの3人編成。これに来日したタワー・オブ・パワーのホーン、ミッキー吉野らセッション・ミュージシャンが参加しています。”甲州街道はもう秋なのさ”は繰り返される”うそばっかり”の部分が心に刺さります。もちろん離れてゆく友人、恋人への言葉なのですが、当時の状況を考えると取り巻く状況への呪詛にも聞こえます。動画はRC解散後、94年に野音でチャボとやったGlad All Overからです。アコーディオンはボ・ガンボスのkyon。
https://www.youtube.com/watch?v=jJ7igfEdSEA